『ハイキュー!!ゴミ捨て場の決戦』を見てきた話

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 『ハイキュー!!』についてはほぼにわかな状態で、「公開されたし行くかー」くらいのノリでゴミ決を見に行ったら、ストーリーが進むうちにどんどん感情移入してしまって、見終わってすぐにハイキュー!!好きの友人にLINEするくらい感動したので、感想をここに書きとどめておく。ネタバレが嫌な人は見ないでね。

 まず思ったのが、バレーボールってめちゃくちゃ戦略・頭脳プレーが必要なスポーツなんだということ。私はバレーボールにも詳しくなかったから、劇中結構頭脳プレーがあったことに驚いてた。例えば…

・音駒がノヤっさんにボールを拾わせることで、日向の助走ルートを塞いだ

・音駒がひたすら粘ってボールを落とさないことで、烏野メンバーを飛ばせて体力を消耗させようとした

・研磨のフェイントや影山の予測不能なトス、両校のシンクロ攻撃はブロッカー・レシーバーに心理的ストレスをかける

 中でも研磨のプレーには目を見張るものがあった。トスを上げるときに、研磨の頭の中に浮かぶ可能性が全部文字化して、我々観客にも見えるシーンがある。ほんの一瞬で研磨があんなに色んなことを考えているのか…と、改めてセッターたちに敬意を表したくなる。さらにさらに、ツーアタックと見せかけて相手のオーバーネットを誘う、烏野のプレイスタイルを分析したうえでの第一セット終盤の絶妙な返球、等々。特に後者は、烏野メンバーに「こんなことで第1セットを落としたのか?」というストレス・プレッシャーを与える。うまいの一言。

 BGMもめちゃくちゃいい!タイトルが出てくるシーンの音楽は、頑張れば高校の吹奏楽部が演奏できそうなのもポイント。試合が始まった直後は小刻みな音を入れて、疾走感のある映像とともに緊張感と高揚感を高めていく。試合中盤はピアノで一定の音を繰り返し鳴らすことで、冷静な研磨の思考を表現。第3セットのマッチポイントはあえて無音にして、試合の臨場感を演出。完璧。

 最後に思ったのが、『ハイキュー!!』のテーマの一つって「繋ぐ」ことじゃないかな?ということ。そもそもバレーは、劇中でも言われていた通りボールをつながなくちゃいけない競技。だからレシーブが大事だし、リベロにフォーカスしたエピソードがあってもおかしくない(ノヤっさんと夜久君みたいに)。

 それだけじゃない。どうもこの映画の大会、確実に高校3年生の秋を過ぎているようだ。まじかよ。つまり、バレーを本気でやってきた人間しか残らない。3年たちにとっては、本当に「もう1回がない試合」である。各校、3年の試合がこれで最後にならないように力を尽くし、負けた学校の3年は1・2年に自分たちの夢、目標を託し、彼らはその意志を「繋」いでいく。音駒で言えば、黒尾達から研磨、リエーフ、犬岡、球彦君みたいに。単純なバレーの力比べがこの漫画のテーマであるならば、別に学校の部活である必要はなかったんじゃない?個人にフォーカスしてみれば、黒尾からバレーそのものを教えられた研磨やブロックを(不本意だったかもしれないけど)教わった月島がいい例だと思う。研磨は黒尾の「バレーしようぜ!」に付き合うだけで、部活として続けなくてもよかったかもしれない。でも、ゲーム好きな研磨が中学・高校時代もバレーを続けたのは、研磨本人がバレーに惹かれる部分があったからじゃないかな。そして全国で、まったく動きたがらない研磨をボールを落とさないように突き動かし、「たーのしー」「俺にバレーボールを教えてくれてありがと」と言わせることになる。さかのぼればこの二人の始まりは黒尾が孤爪家の隣に引っ越してきたこと。同年代の男の子を持つ家庭が隣り合ったただの偶然、それがこんな「繋がり」をもたらしてしまうのである。

 一方黒尾と月島に関しては、なんと黒尾は、月島の以前からの改善点を試合中に指摘する余裕っぷり。しかしながらその後、自分が指摘した部分をしっかり実践した月島のブロックによって音駒のスパイクが阻まれてしまうのである。黒尾にとってこれほど嬉しく、憎いことがあるだろうか。ブロックの技術が「繋」がれた瞬間である。

 試合の終わり方もあまりにきれいすぎる。この試合は、第3セット烏野のマッチポイントで、研磨が手を滑らせてボールが落ち失点することで幕を閉じる。手を滑らせた原因は「選手たちの汗」。第1セットからサーブを叩き込み、レシーブし、トスをあげ、スパイクを打つ、その繰り返しの結果、選手たちのこれまでの努力の結晶、ボールを「繋」いだ結果、それがボールについた汗。なんと美しい終わり方だろうか。

 劇中でも言及されているけれど、バレーボールは9×18メートルの中でボールを落とさないことに必死になるだけの競技。でも、烏野のメンバーも音駒のメンバーも、この単純な競技に3年以上、人によっては10年以上を費やした。一般的に、中学・高校は人間にとって非常に重要な時期とされるけれど、彼らの年月はすべて、地球に比べればあまりに小さな長方形に詰まっている。競技を通して新たな人間関係を築き、紆余曲折を経てさらに強い関係を形成していく。その関係の中で互いに刺激しあう。たとえそれが無意識であっても。『ハイキュー!!』は、登場キャラクターの人間性の成長の物語でもあるのかもしれない、そんなことを映画を見て思った。

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